西部邁とアルジャーノンに花束を


事件の涙「死にたいと言った父へ〜西部邁 自殺ほう助事件」 - YouTube

西部邁の自殺の原因として巷ではいくつかの推測がなされていた。体の自由が効かなくなったや妻を失ったことの喪失感。しかし、死後の遺体解剖では脳の萎縮が発見された。

 

西部の討論時における話ぶりには本当に聞きほれてしまうところがあった。学生運動時に演説している際も聴衆が西部の話に足を止めていたという。話し言葉なのにあたかも推敲され尽くしたテキストを読んでいるかのようだった。まさに本物の知識人ここにありという感じであった。ただその頭脳明晰さが故に自分の頭脳の衰えにも人一倍敏感だったはずだ。

 

アルジャーノンに花束を」という小説を思い出した。

それは知能を高める手術を受けた主人公の日記に沿って話が進められていく。初めの方は語彙も少ない身辺雑記的なものであるが、手術後の文体は格調高く分析的なものになっていく。そして、当人自身が手術を担当した医師を凌駕する程の知性を身につけ自分が受けた手術の研究を進める過程でピークを迎える。研究の中で、手術の欠陥を発見し知能が将来的に元に戻ってしまうことが不可避である事に気づいてしまう。主人公はその宿命になんとか抗おうとするも力及ばず、濁流に飲み込まれて行くような姿が日記の文章に反映されている。そして最後には、ひらがなだらけの幼稚園児の書く文章になっていくのだった。

自裁と認識出来る地点で実行したかったのだろう。